あれから――音夢は病院に運ばれた。
絶対安静の昏睡状態にあった。原因は……不明。
その病室の廊下にいま、俺達はいる。
どうしていいか分からない。
それは、ことりも美春も一緒だった。
美春にいたっては今にも大泣きを始めてしまいそうだ。
「お兄ちゃん、ちょっといいかな」
「どうした、さくら」
「…………に行きたい」
えっ?
さくら、今なんて……。
「白河さん、ちょっとお兄ちゃん貸してもらえるかな?」
「芳乃……さん?」
「お兄ちゃんと、行きたいところがあるんだ」
口調は優しいが、さくらの言葉には有無を言わせぬ雰囲気があった。
「悪いな。ことり、美春。ちょっとの間頼むよ」
「……ふぁい」
「おまかせっす」
泣き出しそうな美春と、気丈に振る舞うことり。
感謝してもしきれないな。
俺はさくらと2人、病院を出た。
――あの桜の木を見に行きたい。
さくらは確かにそう言った。
+ + +
風が吹きぬけ、桜が舞う。
狂ったように咲き乱れる魔法の桜。
そう、桜は満開の花を咲かせていた。
勘の鈍い俺でも予想できたことだ。
さくらは当然分かっていたのだろう、特に驚いた様子はない。
少なくとも、顔には出さない。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「なんでボクが帰って来たのか、わかる?」
「なんでって……帰省、じゃないのか?」
「それもあるけどね。でも普通、帰省ってもうちょっと後、でしょ?
ボクと音夢ちゃんがこのタイミングで一緒に帰って来た。
まるで、何かに引き寄せられるように……」
さくらは乱れ咲く桜に手を伸ばす。
たしかにさくらの言うとおりだ。
音夢にしたって、どうして突然帰って来たんだ。
どうして、さくらと音夢が、同時に……。
そして、この桜が満開に……。
「この桜は……初音島の魔法の桜は……純粋な願いを、具現化するんだ」
「純粋な、願い……」
2年前まで初音島にあった魔法の桜。桜が枯れると同時に、
その桜が叶えてきた純粋な願い――すなわち、魔法の力は消滅した。
いや、したはずだった。
「ボクはね、予感がしたんだよ。初音島で何かが起こるような。
だから本当は、お兄ちゃん達に会う前にここに来るつもりだった。
初音島で起こるコトには、どんな形にせよこの桜が関わってくるからね」
「…………」
「にゃはは。
戻ってきたら既に桜が満開だったなんて。さすがにビックリしたよ」
「さくら、知ってるのならもっとはっきり言ってくれ」
「…………お兄ちゃん、普段は鈍感なのにときどきすっごく鋭くなるよね。
やっぱりお兄ちゃんにはかなわないよ」
俺はさくらをまっすぐに見つめる。
さくらは俺なんかよりずっと魔法の力が強い。吸い込まれそうになる。
だが、目をそらすわけには行かない。
「お兄ちゃん、パラレルワールドって、わかる?」
「パラレル……? 平行とか、そんな意味だっけ」
「そう。この世界と同じようで同じでない世界。
たとえば、お兄ちゃんがボクと結ばれたり、猫耳メイドさん達と暮らしたりしてる世界もある、かもしれないってこと。もちろん、今ココに居るボクたちが行くことはできないけどね。決して交わることのない、それが平行世界」
「…………」
「でも、平行世界の『純粋な願い』が別の世界に影響を及ぼすことはあるかもしれない。それが、今なんだと思う」
それは、つまり……。
「はっきり言っちゃうとね、
お兄ちゃんと音夢ちゃんが結婚しちゃった平行世界があるんだよ」
「なっ……!!」
そんなかったるい世界があるのか。
とてもじゃないが、直視できないだろうな。
「そんなこと、ありえないと思うでしょ? でも本当なんだ。
そんなものを見せ付けられた人たちの『純粋な願い』が桜に届いたんだ」
「その『純粋な願い』って、もしかして……」
「そうだよ。音夢ちゃんなんて居なくなっちゃえばいいのに、って……」
「誰が、そんなこと……」
――さくら?
「違うよ、ボクじゃない。
元々、今ここにある桜を枯らせたのはボクなんだ。そんなことはしないよ」
「じゃあ、いったい誰が?」
――ことり?
いや、彼女はそんなことを願ったりはしない。
それは俺が良く知っている。
ちがう。
そうじゃない。
そんなはずない。
純粋な願い……音夢が倒れてしまうような願い。
いったい誰が………。
「きっと、そんなありえない結末を見せられた人みんな、だと思う」
「え?」
「そう、みんなの純粋な願いが……」
「……その結果が、この、桜……?」
俺は満開の桜を見上げた。
「でも、もしそうだとしても、その世界の桜がはたらくんじゃないのか?」
「う~ん。それもそうなんだけど……
なんでだろうね、平行世界のボクが枯らしてしまったのか、
あるいは他の魔法使いの関与でもあったのかな」
不意に商店街で話しかけられたサンタ少女が俺の頭に蘇ってきた。
何故かは分からない。
まるで悪い夢を見せられているような感覚に陥ってきた。
「とにかく魔法は発動してしまった。ボクにはもう止められない。
じきに、音夢ちゃんは消える。お兄ちゃんの記憶からも消える」
「…………!」
音夢が消える。俺の記憶からも消える。
それは、さくらにも止められない……。
「お兄ちゃん、もしお兄ちゃんに大事な人が居るなら、そこに行って」
「……え?」
さくらは何かを決意しているようだった。
その目を見て、俺も覚悟を決める。
「なにもかも終わったとき、一人じゃ寂しいでしょ?」
どこか物悲しい、でも笑顔のさくら。
さくらは今、何を思っているんだろう。
「……さくら」
「お兄ちゃん、早く!」
「さくら、ゴメン。あとは頼む!」
俺は走り出した。
もう俺にとって大事だった妹は助からない。
でも、今はもっと大切な人が居る……!
――――。
――。
「あ~あ、お兄ちゃんやっぱりボクを選んでくれなかったね。」
狂ったように咲き乱れる桜がボクの視界から、お兄ちゃんを消し去った。
ボクは首に下げている赤い宝石を取り出す。
「さ、いいかな」
「OK、My Master――」
+ + +
――エピローグ――
初音島の桜が、普通の桜になってから3度目のクリスマスがやってきた。
今年は寂しいなんてことはない。
「朝倉君……」
「ことり」
今年のクリスマスは、一人ではないからだ。
俺にとって大切な人が、一緒にいる。
これからずっと一緒に付き添っていくであろう、大切な人が。
「その、私は嬉しいですけど……朝倉君は、いいの?」
俺は懐からプレゼントを取り出し、ことりに手渡した。
ことりは驚いた顔で俺を見つめる。
「えっ、これ……」
「言ったろ? プレゼント用意してるって」
「でも、朝倉君がそんなかったるいことするなんて」
ことりは笑った。俺も苦笑で返す。
「かったるい……かもしれない。
でもことりには感謝してるよ。だから、今日くらいは恩返しさせて欲しい」
「……恩返し、ですか」
「それだけじゃないよ。
ことりが居てくれて分かったんだ。俺は、ことりのことが……」
「朝倉君……!」
――――パタン。
ボクは雨戸を閉めた。
視界が暗闇で覆われる。
「にゃはは、やっぱり見てられないね。
って、そもそも覗き見なんてするボクが悪いのかもしれないけれど……」
…………。
「これでいいんだ……。
お兄ちゃんも、初音島のみんなも、永遠に『彼女』のことを忘れられる。
お兄ちゃんも幸せになれる。
それが、それが――みんなの本当の願いなら」
「うにゃあ~」
横で小さく鳴くうたまるを抱きながら思う。
再び桜が消えた初音島。
でもそこには、舞い乱れる桜の代わりに祝福の風が舞っていた。
「ダ・カーポ。終わりまで行ったら始まりに戻る。
どこかの世界で、一つの話が終わった。
そう、お兄ちゃん達にとって『始まり』は今なんだよ――」
ダ・カーポ完結記念SS「2005年のクリスマス」
完。
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あとがき
ひとことで言えば「俺が望むダ・カーポ」なわけですが。
思いつきはもちろんギャグ。
それをシリアスにまとめるという馬鹿な作業。
本編最終話放送終了から12時間、書き始めてから3時間で作ったにしては、
我ながら良く出来てるのではないかと(笑)
設定はD.C.S.S第1話と同じ、と言うことでお願いします。
サブタイは、分かる人用(ぉ)
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同盟でも構いませんので、頂戴できれば幸いです。